愛犬との死別、そして元住職だからこそできること
14年の月日を家族同然の思いですごした愛犬の死がきっかけでした。「死別」というのは生きている間はなかなか考える時間もなく、突然その日はやってきます。安心して葬儀を任せられる準備を、誰もが選択できる社会をつくりたいという思いから今回のサービスを始めました。
愛犬が最期を迎えたあの朝、私は何度も生き返ってほしいと願ったのをよく覚えています。いつも通り、朝日が部屋に差し込んで。あの子はお気に入りの場所で眠っていて。とても穏やかな日でした。でも、その日はいつもと違っていました。呼びかけても、撫でても、目を開けてくれない子を見るのは正気ではいられませんでした。なぜなら、あの子はわたしの家族同然だったからです。
最期のお別れは、あまりにも慌ただしいものでした。わたし自身がペットの死別に経験が乏しかったためです。住職の仲間をたよりに、ペットの葬儀をしてくれる会社をあたりましたが人間と違って相場もわかりません。何よりペットに対する葬儀とは実に簡素なものでした。人間の供養を住職として行ってきたわたしにとって、これは驚くべき体験でした。読経のひとつもありません。火葬車がきて遺骨をいただき、お終いです。「もっと丁寧に、最期の時間を一緒に過ごしたかった。」この思いをなるべく誰にも感じてほしくはないと思います。
日本のペット葬儀業界には法規制がありません。誰でも開業できるため、トラブルの7割は移動火葬車によるものだと言われています。料金の不透明さ、遺体の不適切な扱い、法外な請求。そして何より、ペットは法律上「廃棄物」に分類されているという現実があります。毎日あなたを笑顔にしてくれた大切な家族の最期が「物」として扱われる。考えたくもない事実ですがこれが、日本のペット葬儀の実態なのです。
一部の寺院では、ペット供養を行っています。しかし、それは施設での合同供養が中心で、僧侶派遣サービスも単発のお付き合いになることがほとんどです。僧侶がご自宅まで葬儀車で訪問し、人間と同じように心を込めた供養を、火葬から納骨まで一貫して行うサービスは、日本全国を探してもほとんど見当たりません。
ペットの死別となると、皆さまその事実と向き合うだけでも、悲しみに明け暮れて心身が疲れ果てています。そんなときに冷静な判断はできないです。だからこそ、御生前から亡くなった際のご準備は大切ですし、頼れる葬儀屋さんと繋がりをもつことが大切です。現に住職であったわたしでさえ、自らのペットの最期となると最良の選択をしたいという思いから、なかなか動き出せなかったのが本音です。
私は40年間、僧侶として多くの方の「最期」に寄り添してきました。魂に向き合い、丁寧に送り出すことが、遺された者の心を癒やすのだと身をもって学んしてきました。「ペットという家族にも、同じように心を込めたお別れがしたい。人間と同じように供養できるサービスが必要だ」
それは、飼い主さんのご自宅まで伺い、ゆっくりとお別れの時間を過ごしていただき、急な別れで混乱する中でも、「大切な家族を心をこめて供養してくれた、この人に任せて良かった」と思っていただける。そんな温かいサービスを、僧侶だからこそ叶えたいと思います。